この原稿を書いているのは4/23です。新型コロナウィルス感染症は緊急事態宣言が終わって一段落する事も無く、第4波が来ています。埼玉県にはさいたま市と川口市にまん延防止等重点措置が適用されました。大阪、兵庫、京都、東京には緊急事態宣言が発出されることになりました。お身内や知人が感染されたり、お亡くなりになった方もいらっしゃるかもしれません。医療関係者として苦労されている方もいらっしゃるでしょう。お仕事、生活に多大な影響を受けている方も多い事かと思います。大変辛い事です。
対策を緩めると戻る感染者数に「またか!」「甘く見ていた~のせいだ!」「あのとき~すれば良かったのだ」「ワクチンはまだか!」等々怒りをどこにぶつけたら良いのかわからなくなっている人もいます。一喜一憂するのに疲れてしまった方もいるでしょう。
「闘病」という言葉があります。辞書には意味の一つとして「病気を治そうという強い意志で療養につとめること。」とあります。これは個々人の病との闘いを意味する言葉であります。本来の意味とは違いますが、新型コロナ対策も人間社会にとっての「闘病」といえるでしょう。
「持病」という言葉もあります。意味の一つには「ひどく悪くはならないが、常時、または周期的に苦しみ悩む病気。」とあります。病を持つ。これは個々人が病を持って生きて行くという意味であります。これも本来の意味とは離れますが、今回の新型コロナウィルスによるものをはじめとする感染症は人間社会にとっての持病として、これからも付き合って行かなくてはならないともいえるでしょう。
「闘う」と「持つ」という言葉の違いですが、現在の状況下では両方大切な事に思えます。
仏教では病を誰もが避けることの出来ない四つの根本的な苦(四苦:生老病死)の一つにあげています。そして苦とは思うようにならないこと、欲するようにならないことを表します。なぜ苦しいのか?それは思うようにならない、欲するようにならないからといえるのです。
この約1年半の間、私たちは苦しみの中にいます。先の見えない不安で時に他人を傷つけたり、配慮の無い行動をとったりしてしまうかもしれません。イラッとしたら深呼吸をしてみます。怒りにまかせた行動をとってしまったら深呼吸をしてその行動を省みましょう。
最近、お寺の掲示板に短い言葉を載せるのが流行のようで、本も出版されているようです。ネットでも「こんなの見ました!」と写真がUPされています。そんな中で、気に入った言葉です。
「いがみ合いより拝み合い」
こんな時だからこその言葉だと思いませんか?もう少しです。
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